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京都地方裁判所 昭和59年(ワ)1193号 判決 1985年3月27日

原告

住乕雄

原告

住千枝子

原告ら訴訟代理人

藤井正大

被告

竹岡ゆき

被告

林たま

被告

進士俊夫

被告ら訴訟代理人

立野造

被告ら補助参加人

代表者法務大臣

嶋崎均

指定代理人

田中晃

人見武美

主文

原告らと被告らとの間で、京都地方法務局所属公証人浮田茂男作成昭和五六年第一八七三号遺言公正証書による住千代の遺言が無効であることを確認する。被告らは、原告らに対し、別紙債権目録記載の住千代及び住末吉名義の各預貯金債権の通帳並びに右各預貯金契約についての届出印鑑を引き渡せ。

訴訟費用は被告らの、参加費用は補助参加人の、各負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告ら

主文同旨の判決と仮執行の宣言。

二  被告ら

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

一  本件請求の原因事実

1  訴外亡住千代は、別紙債権目録記載の預貯金債権(以下本件預貯金債権という)を有していたが、昭和五九年五月一五日、死亡した。

2  原告らは、いずれも住千代の養子であるからその遺産相続人の地位にある。

3  ところが、住千代は、昭和五六年九月三〇日付京都地方法務局所属公証人訴外浮田茂男作成の昭和五六年第一八七三号遺言公正証書により、住千代の有する土地及び建物の共有持分並びに本件預貯金債権を、被告林たま及び被告進士俊夫に、それぞれ二分の一の割合で遺贈し、被告竹岡ゆきを遺言執行者に指定する旨の遺言をした(以下本件遺言という)。

4  本件遺言の証人として、訴外林寅雄及び被告竹岡ゆきの二名が立ち会つたが、林寅雄は、被告林たまの子であり、受遺者の直系血族であるから、民法九七四条三号(以下三号という)により、証人の資格のないものである。

したがつて、本件遺言は、民法九六九条一号に反し、全体が無効であり、本件預貯金債権並びにその通帳及び届出印鑑の所有権は、原告らが、相続によつて取得した。

5  被告らは、本件預貯金債権の各通帳及び届出印鑑を占有している。

6  結論

原告らは、被告らとの間で、本件遺言が無効であることの確認を求めるとともに、被告らに対し、所有権に基づき、本件預貯金債権の各通帳及び届出印鑑の引渡しを求める。

二  被告らの認否と主張

(認否)

1 本件請求の原因事実1の事実中、住千代が昭和五九年五月一五日死亡したことは認め、その余の事実は不知。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実中、本件預貯金債権が遺言の目的とされたことは否認し、その余の事実は認める。

4 同4の事実中、本件遺言の証人が林寅雄及び被告竹岡ゆきの二名であつたこと及び林寅雄が被告林たまの子であることは認め、その余の主張は争う。

5 同5の事実は否認する。

(主張)

受遺者の直系血族は、三号の証人欠格者に該当しないから、本件遺言は、有効である。

三号には、「及び」と「並びに」の二つの接続詞が用いられているか、法令用語上、前者は同格、同質の語句を接続し、後者は次元や性質を異にする語句を接続するものとして、厳格に使い分けられている。したがつて、三号の「直系血族」は、その前の「その配偶者」とは次元を異にし、「推定相続人」及び「受遺者」を受けるのではなく、これらと同格である。そして、三号は、遺言者との人的関係を定めたものであるから、三号の「直系血族」とは、遺言者の直系血族を指すものと解すべきである。

そうすると、林寅雄は、遺言者住千代の直系血族ではないから、三号の証人欠格者には該らない。

第三  証拠<省略>

理由

一当事者間に争いがない事実について

住千代が、昭和五九年五月一五日死亡したこと、原告らが、住千代の養子としてその遺産相続人の地位にあること、住千代が本件遺言をしたこと(但し、本件預貯金債権が遺贈の目的とされた点を除く)、本件遺言の証人が林寅雄及び被告竹岡ゆきの二名であつたこと、及び、林寅雄が被告林たまの子であること、以上のことは、当事者間に争いがない。

二受遺者の直系血族が、三号の証人欠格者に該当するかどうかについて

当裁判所は、受遺者の直系血族は、三号の証人欠格者に該当すると解するものであるが、以下にその理由を詳述する。

1 推定相続人及び受遺者は、法律上相続財産の分配を直接受ける者であり、遺言の内容によつて、自己の取得する財産に増減を生じることになるから、遺言者の意思に反してでも自己の利益を守ろうとする立場にある。したがつて、推定相続人及び受遺者は、遺言の公正を害するおそれがある。そして、推定相続人及び受遺者の配偶者や直系血族も、これらの者と密接な人的結合関係にあるから、これらの者と利害関係を共通にするのが一般である。したがつて、推定相続人及び受遺者の配偶者や直系血族も、推定相続人や受遺者の利益をはかつて、遺言の公正を害するおそれがある。

以上のことを踏まえて、三号は、遺言の公正を担保するため、これらの者を証人や立会人の欠格者としたのであるから、三号の「直系血族」とは、推定相続人及び受遺者の直系血族を指すとしなければならない。

2 確かに、法令用語上、「及び」と「並びに」は、被告ら主張のように使い分けられているが、この使分けは、絶対的なものではなく、現行法のすべてがこの区別に従つて厳格に立法されているものではない(例えば、民法八四六条五号や商法一七五条二項一二号も、この区別に従つていない)。

そして、三号についていえることは、三号の文言が、旧民法一〇七四条五号を現代用語に改められただけであるということである。したがつて、三号の立法の際、この使分けを特に厳格に考慮しなかつたのではないかと推測されるのである。

このようにみてくると、三号の解釈は、法文用語によつてのみきまるわけではなく、実質的観点に立つて行うのが至当であるといわなければならない。そして、その実質的観点に立つた場合、1に述べた解釈が是認されるのである。

3 仮に、被告らの主張に従い受遺者の直系血族が証人になれるとすると、例えば、遺言者に子がある場合の遺言者の親は、三号により、証人及び立会人の欠格者となるが、受遺者の親は、欠格者にならないということになる。

しかし、右の遺言者の親は、相続権がなく、相続財産の分配が受けられないのであるから、相続財産に関する利害関係が弱く、したがつて、遺言の公正を害するおそれが少ないのに対し、右の受遺者の親は、自分の子が相続財産の分配を受けるのであるから、相続財産に関する利害関係は右の遺言者の親よりも強く、子の利益を守るため、遺言の公正を害するおそれがより大きいといえる。それだのに、遺言の公正を害するおそれがより大きい者が証人や立会人となることを認め、そのおそれのより少ない者を欠格者とすることを許容することになり、明らかに不合理であるとしなければならない。

三本件遺言の効力について

本件遺言の立会人の一人である林寅雄は、受遺者被告林たまの子であることは、当事者間に争いがないから、三号の証人欠格者である受遺者の直系血族が立会人になつたことになり、本件遺言は、この点で全部無効であるといわなければならない。

四本件預貯金債権等の帰属について

<証拠>によると、住千代が本件預貯金債権及びその通帳と届出印鑑を有していたこと、住千代が本件預貯金債権を被告林たま及び被告進士俊夫に遺贈したこと、及び、被告らが本件預貯金債権の各通帳及び届出印鑑を占有していること、以上のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

五むすび

本件遺言は、無効であり、原告らは、遺産相続により本件預貯金債権やその各通帳及び届出印鑑の所有権を取得したものであるから、被告らは、原告らに対し、右通帳及び届出印鑑を引き渡さなければならない筋合である。

したがつて、本件遺言が無効であることの確認及び被告らに対する右通帳及び届出印鑑の引渡しを求める原告らの本件請求は、理由がある。

そこで、原告らの本件請求を正当として認容し、民訴法八九条、九四条に従い、仮執行の宣言を付さないこととしたうえ、主文のとおり判決する。

(古崎慶長 小田耕治 長久保尚善)

債権目録

一 住千代名義にかかる預貯金債権

第三債務者(預貯金先)

種類

金額

1

(株)第一勧業銀行

四条支店

定期預金

一〇七〇万円

2

(株)福井銀行

京都支店

定期預金

三五〇万円

3

(株)京都銀行

鞍馬口支店

定期預金

一〇〇万円

4

京都信用金庫

本店

定期預金

六〇〇万円

5

〔代表者 京都貯金事務センター  所長〕

竜安寺郵便局扱い

四条柳馬場郵便局扱い

定額貯金

(カ)444252―037602

定額貯金

(レ)444172―012835

二四〇万円

一五〇万円

二 住末吉名義にかかる貯金債権(住千代が住末吉の遺産の分割によつて取得)

1

〔代表者

京都貯金事務センター  所長〕

四条柳馬場郵便局扱い

右同

定額貯金

(ソ)444172?012976

定額貯金

(ツ)444172―012977

一〇〇万円

一〇〇万円

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